広報・岡山の港-宇野港-
Toppage

天 正 年 間 豊臣秀吉が大阪城築城の際、本港付近の丁場より石材を積み出した。
慶 応 年 間 初めて塩田を開墾し、以来、明治末まで塩田を主体として開発されてきた。
1898年 (明治31年) 高崎親章(たかさきちかあき)知事が宇野港の企画について県議会に提案した。
1906年 (明治39年) 檜垣直右(ひがきなおすけ)知事の努力により、第一期修築工事に着手。
1909年 (明治42年) 7月 第一期修築工事完了。
9月 第一期修築工事竣工式。
1910年 (明治43年) 宇野線が開通し、同時に連絡船による四国連絡を開始し、港として本格的形態を整えるにいたった。
1922年 (大正11年) 5月宇野港が内務省指定港湾となる。
1929年 (昭和 4年) 第2種重要港湾に指定された。
1930年 (昭和 5年) 開港場に指定された。
1932年 (昭和 7年) 大型船を対象とする第二期修築計画が樹立され、10ヶ年継続事業として着工された。
9月 内務省大阪土木出張所 宇野港修築事務所設置。
1940年 (昭和15年) 宇野港第二突堤完成。日比港内務省指定港湾となる。
1943年 (昭和18年) 第三港湾建設部宇野港工事事務所開所。
1951年 (昭和26年) 8月 港湾法に基づき岡山県が宇野港、日比港の港湾管理者となる。
港湾法の「重要港湾」に指定される。
1955年 (昭和30年) 第一突堤及び鉄筋コンクリート上屋(1,500m2)完成。
1958年 (昭和33年) 神戸植物防疫所広島支所宇野出張所が開設され、植物輸入港に指定された。
1960年 (昭和35年) 第三港湾建設局宇野港工事事務所閉所。
日比港を合併し、港湾区域を681haに拡張。
1964年 (昭和39年) 7月 昭和50年を目標として、港湾計画(新規)を策定。
1967年 (昭和42年) 第三突堤(1.5万重量トン)の建設に着手。昭和49年完成。
1969年 (昭和44年) 日比地区に木材輸入のための物資別専門埠頭(1.5万重量トン)の建設に着手。昭和47年3月完成。
1977年 (昭和52年) 3月 第三突堤に2号上屋・くん蒸上屋完成。
1978年 (昭和53年) 宇野港環境整備事業により、緑地、遊歩道の建設に着手。昭和55年3月完成。
1979年 (昭和54年) 10月 日比港が、木材輸入港に指定された。
1980年 (昭和55年) 11月 昭和65年を目標として港湾計画を改訂(田井地区に公共埠頭及び木材取扱施設を計画)。
1981年 (昭和56年) 12月 田井地区を含めて、港湾区域を882haに拡張。
1982年 (昭和57年) 4月 第三港湾建設局宇野港工事事務所開所。
1983年 (昭和58年) 4月 田井地区公共ふ頭(水深12m岸壁)の建設に着手。
1988年 (昭和63年) 4月JR宇高連絡船が廃止される。
1989年 (平成元年) 8月 田井地区を含めて港域が拡張される。田井地区第T期供用開始。
1991年 (平成 3年) 5月 田井地区第II期供用開始。
6月 平成15年を目標として港湾計画を改訂(宇野地区を人流拠点、日比地区をレクリエーション拠点とする再開発計画)。
1992年 (平成 4年) 4月 日比地区マリーナ等の建設に着手。
1995年 (平成 7年) 3月 宇野地区再開発工事着工。
1996年 (平成 8年) 3月 田井みなと公園完成。
1997年 (平成 9年) 3月 宇野地区再開発第T期工事完了。
4月 第一突堤東側にフェリーが仮移転。

2001年 (平成13年)

1月 中央省庁再編に伴い中国地方整備局宇野港湾工事事務所となる。
2002年 (平成14年) 9月宇野地区再開発第II期工事完了。
宇野港フェリーターミナル完成。
2003年 (平成15年) 4月事務所名を宇野港湾事務所に改名。
2004年 (平成16年) 7月国際船舶・港湾保安法に基づく保安措置の実施。
10月田井地区の移動式ジブクレーン供用開始。
2006年 (平成18年) 3月宇野地区水深10m岸壁(耐震強化岸壁)工事完了。
大型客船バース完成。
5月宇野港大型客船バース供用開始。
2010年 (平成22年) 8月国土交通省の重点港湾43港に選定される。



■ 宇野港湾事務所TOP >> 広報・岡山の港 >>宇野港[宇野港のあゆみ]
みなとの紹介